「Synchronized global expansion」という言葉が金融メディアを賑わしています。 世界経済の好調さを示すこの表現。経済が好調であれば、消費も拡大し、企業も潤います。実際、米国企業の決算は良好な数字が並んでいます。 その中で例外的に苦戦を強いられているのが、米国で「Brick and Mortar Retail(B&M)」と呼ばれるセクターです。B&Mは、所謂「箱物」の店舗を展開するリテール企業全般を指し、その代表格には JC Penney等の大手デパートが挙げられます。 B&Mの苦戦は今に始まったことではありませんが、今年に入り、金融メディア等で取り上げられる頻度が更に上がったと感じます。例えば、総合誌 The Atlanticの「What in the World Is Causing the Retail Meltdown of 2017?」という記事。市場関係者にも注目された本記事は、B&Mの苦戦の理由について以下の3点を挙げています。 1)消費は店舗からオンラインへ この傾向自体は今に始まったことではありませんが、モバイルのユーザビリティの向上により、そのスピードは加速しています。特にアパレルの伸びが顕著であり、eCommerceにおける最大のカテゴリーへと成長しています。 2)ショッピング・モールの供給過多 他国と比較して、米国はショッピング・モールを、特に地方に作り過ぎたと言われています。また、モールは言わば「バンドル型」の施設です。「アンカーテナント」と呼ばれる大型店舗が好調だった頃は、周りの小規模店舗も「ついでに〇〇店に寄って行く」といった購買行動の恩恵を受けられましたが、デパート等の大型店舗が苦戦する現状では、小規模店舗はその恩恵を受けられず、同様に苦戦を強いられています。 3)「モノ」より「体験」 「消費」というパイの奪い合いでは、「モノ」<「体験」の傾向が顕著となっています。特に若年層では、「Instagramにポストしたい体験」が消費のキーワードになっているとも言われています。 また、上記2)のポイントを深堀し、「地方のショッピング・モールの不動産価格は大幅に下落するのではないか」といった仮説を立て、投資行動に移している著名投資家もいます。具体的には、こういったショッピング・モールの不動産を担保とした証券化商品の指数(CMBX)をショートする取引です。ただ、この投資行動については、a) カタリスト不足、b) ベストな取引手段ではない、といった声も聞かれます(投資アイディアを立案し、効果的な投資行動として具現化するうえでポイントとなる上記 a)、 b) の詳細については、拙著をご参照ください)。 このようにB&Mが苦戦する中で、出店攻勢をかけている企業があります。 その企業とは、Amazonです。「Amazonが出店」というと一見矛盾しているようにも聞こえますが、同社はお膝元のシアトルを皮切りに、米国中に「Amazon Books」の出店を計画しています。 その「Amazon Books」のニューヨーク・第一号店が週末にオープンしましたので、早速行ってきました。 場所は、ミッドタウンの一等地であるコロンバス・サークルのショッピング・センター内。あくまでもショッピング・センター内の一店舗であるため、そこまで広くはありません。 店内は、アマゾン・ユーザーにとって直観的なレイアウトになっており、まさに「オンラインとオフラインのユーザー・エクスペリエンス(UX)を融合した」構成となっています。例えば:
ニューヨークでは Warby Parker を初め、既に複数のオンライン・ブランドが直営店を出店していますが、eCommerceの象徴的な存在とも言えるAmazonの出店には、同社による「オンラインのUXだけでなく、オフラインのUXの創造、そして融合」への挑戦という側面も垣間見えます。Amazonについては、既にHBSでも複数のケース・スタディが執筆されていますが、今回の出店攻勢に関する戦略的意義についても、近い将来にケースが執筆され、クラスで議論されることでしょう。 なお、当日は我が家も購買意欲を駆られ、書籍を買いました。買ったのは、1歳半の息子の絵本。息子は表紙を気に入ったのか、手にとって離さず、父が棚に返そうとすると号泣。「そこまで気に入ったのであれば」ということで、スマホでアプリを立ち上げ、「お買い上げ」となりました。帰り道、満足気な息子をベビーカーで押しながら、「確かに、これまで絵本やおもちゃはほぼ全て私たち親がオンラインで買ってきたため、息子自身が何かを手に取って選んで買うことはあまりなかったかもしれない。こういったところに、オンラインではなくオフラインでショッピングする楽しみがあるのでは」と妙に納得してしまいました。 新しくオープンしたAmazon Books。オフラインの楽しみを覚え始めた息子と、その楽しみを思い出した父とで、今後も通いそうです。 今回ご紹介するのは、HBSのクリステンセン教授の最新作です。 クリステンセン教授と言えば、イノベーションに関する研究の第一人者であり、同分野の大ベストセラーである「イノベーションのジレンマ」の著者としても広く知られています。その同教授の最新作と言えば、読まない訳にはいきません。 書名は、「Competing Against Luck(運と競う)」 。一見、イノベーションと関係がなさそうな題名ですが、背景は以下です。
そして、その鍵となる理論は、「Jobs To Be Done(やるべき仕事)」。一言で言うと、以下です。
これだけでは少々分かり難いかもしれません。そのため、この理論を紹介するうえでクリステンセン教授がよく使うのが、「ミルクシェイク」の話です(私の在学中にも、授業で出たのを覚えています)。本書でも冒頭で紹介されており、この理論のエッセンスが凝縮されています。概要は以下。
つまり、このストーリーのテイクアウェイは以下です。
いかがでしょう。 もちろん、本書はこの理論について更に深堀していきますが、エッセンスはミルクシェイクの話に凝縮されています。これだけ聞くと、「当たり前ではないか」と思われるかもしれません。「イノベーションのジレンマ」についても、読後そう思ったのは、私だけではないはずです。心に残る重要なコンセプトというのは、ここまでわかりやすく研ぎ澄まされているからこそ、腹に落ちるのだと思います。 クリステンセン教授は、この理論を完成させるのに20年以上の歳月をかけたと記しています。その集大成である本書。ぜひ、ご一読をお勧めします。 拙著でも紹介しているハーバード大学基金の投資戦略。そのハーバード大学基金が、投資業界を賑わしています。今回はそのことについて少し。 まずはファクツから。 発端は、運用成績に関する報告書でした。同基金の年度末は6月末のため、毎年この時期に過去1年間の運用成績を公開しています。結果は▲2%の損失。マイナス・リターンというだけでなく、ライバルのイェール大学基金の+3%を下回ったという比較性も話題になりました。 報告居の中身を読むと、その主因が、1)株式運用の不振、2)森林投資の不振、の二点であることがわかります。拙著でも触れていますが、この二つは本来であれば相関が弱いのですが(*)、前年度は不幸にも個別事象が重なりどちらも不振となりました。 (*)株価指数と森林投資はそれぞれ異なる要因によって資産価値が動きます。詳細は拙著で詳しく紹介しています。 そして、この報告の数日後、同基金は新最高投資責任者として、コロンビア大学基金の最高投資責任者を務めていたN.P. Narvekar氏を採用したと発表しました。なお、前任のStephen Blyth氏は7月末に辞任を表明していました。参考までに、私が在学していた3年前の最高投資責任者はJane Mendillo氏。その後、Stephen Blyth氏、そして今回のNarvekar氏と、短期間で次々と入れ替わっています。Narvekar氏は、ハーバード大学基金の運用スタイルの特徴とも言える「ハイブリッド・モデル」(*)について、より外部委託での運用を増やす方向で軌道修正するとしています。 (*)内部運用と外部委託を使い分ける運用スタイル、詳細は拙著で詳しく紹介しています 。 以上がファクツですが、ここからは感想を少し。 今回の運用のマイナスは、本来は相関が弱いもの同士が、個別の事象で同時に不振に陥ったということで、ある程度「不運」だったと言えるかと思います。もちろん、その個別要因を排除できなかったという意味での「目利き力」については問われる必要がありますが、大枠の投資方針が間違っていたとまで言えるかはわかりません。そもそも、同基金のような長期運用主体による1年間の運用成績が果たしてどの程度意味を持つのか、といった本質論もあります。 また、同基金の特徴であるハイブリッド・モデルに関する修正論の背景には、ライバルのイェール大学基金がほぼ外部委託のみの運用スタイルで成功しているというポイントがあります。 ただ、イェール大学との違いはそれだけではありません。もう一つの大きな違いは、リーダーシップの継続性(Continuity)です。同基金を率いるDavid Swensen氏(*)は、これまで30年間一貫して同基金の最高投資責任者を務めています。 (*)こちらで紹介している名著の著者でもあります。 長期投資が可能な特殊な資金(*)を運用するうえで、リーダーシップの継続性が重要なのは明白。30年間務める必要はないかもしれませんが、短期間に何度もリーダー(そして運用方針)が変わるのは、最適とは言えないでしょう。 (*)拙著では「投資業界の聖杯」と呼んでいます。 さて、リーダーが変わったハーバード大学基金はどう出るのか。引き続き注目していきたいと思います。 今回は、ランニング・シューズを題材とした良書2冊をご紹介します。 一冊目は、米国でベストセラーとなっている「Shoe Dog」。Nikeの創業者であるPhil Knight氏による自伝です。同社はBlue Ribbon社として創業。1960年代に日本国内で絶大な人気を誇っていたオニツカ・タイガー(現アシックス)の米国への輸入販売からスタートします。その後、日商岩井(現双実)などの支援を受けて自社開発シューズで成功し、1980年に上場。それまでの過程を、「ここまで普通覚えていないだろう」と読者を唸らせるほどのディテールでKnight氏が赤裸々に綴っています。 人物描写が豊富で、ノンフィクションですが小説を読んでいるかのよう。自伝にありがちな自画自賛ではなく、創業者としてどれだけ迷い苦しんだかが描かれており、終章では家族等に関する後悔の念も記されています。マイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズなど、Nikeのセレブたちとの逸話を期待するとがっかりするかもしれませんが、「人間:Phil Knight」を知るうえではこの上ない書と言えるでしょう。ただ、一言申すとすれば、日本関係者が多いせいか文中に日本語のフレーズが何度も出てきますが、多くが間違っていた点でしょうか(日本人以外は気にしないでしょうが・・・)。日本語ができる編集者はいなかったのでしょうか・・・。 二冊目は、日本でベストセラーとなっている「陸王」。著者の池井戸氏の作品はこれまでほぼ全読しており外れはありませんが、本書はその中でもトップの部類に入る面白さでした。ジャンルとしては「半沢シリーズ」より「下町ロケット」。主人公の宮沢が率いる足袋専門の零細企業が、その技術を活かしてランニング・シューズを開発し業界大手に挑む、といったストーリーです。 600ページ近い長編ですが、一気に読めます。読後気になって少し調べてみましたが、「きねや足袋」という実在の会社が一部のモデルとなっているようです。 興味深かったのは、Knight氏も宮沢社長も、ビジネスを超越した「想い」を込めてランニング・シューズを作っているという点です。ノンフィクションであれフィクションであれ、その「想い」に読者は動かされます(私を含めて)。こういった「想い」が、結果的にビジネスの成功にも繋がるのではないか。ビジネスをやるうえでも、投資をするうえでも、忘れてはならないのではないか。読後久しぶりにランニング・シューズを履いて外を走りながら、そう思いました。 今回ご紹介するのは、ヒットドラマ「Silicon Valley」の脚本家でも知られる、Dan Lyons氏による話題の書です。 本書は、Lyons氏のHubSpotでの体験談となっています。同氏は、Newsweekにて主にIT業界をカバー。しかし、諸事情によりベンチャー企業のHubSpotに参画することになります。同社は、MIT出身の創業者が起業。飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大し、2014年にIPOしたベンチャー企業です。 内容は、一言で言えば「HubSpotのミレニアル世代主導のハチャメチャなコーポレート・カルチャーに、著者が辟易する(同氏は50代)」といったもの。 「Silicon Valley」の脚本家とあって、表現が巧みで、スラスラ読めます。出てくるエピソードは多少(かなり?)脚色が入っていると推測されるものの、シュールなコメディを見ているような感覚です。HubSpotの経営陣からしてみれば、「暴露本」とも言えるのかもしれませんが・・・。 Lyon氏は、HubSpotで起きていることは現在の米国ベンチャー業界の縮図だとしています。その主張の要旨は以下(少々極論かもしれませんが・・・)。
文中では、被害妄想(?)とも捉えられる箇所もあります。ただ、「ベンチャー・ブーム」を賞賛する記事が米国メディアに溢れる中、同業界のエキスパートではない私にとっては、実状を知るうえでの一つのビューとして参考になりました。拙著でもご紹介している「過去のITバブルにおける、当時の投資家の行動」と照らし合わせて読むのも興味深いと思います。 今回ご紹介するのは、Jeffery Gundlach氏の直近のビューです。 Sohn Conferenceの記事でもご紹介した同氏。メディアでは「新債券王」とも称されるスター投資家です。「債券王」と言えばPIMCOのBill Gross氏が有名でしたが、その称号は今では同氏に継承されているようです。 Gundlach氏はプレゼンが面白いことでも知られ、個人投資家の人気も集めています。同氏が創業し、CEO兼CIO(最高投資責任者)を務めるDoubleLine社は数々の人気投信を運用しています。 同氏は、定期的にウェブキャストを開催し自身のビューを披露しています。下記は直近の要旨です。
このビューはマーケットで瞬く間に広まり、米国中長期金利は上昇しました。スター投資家の言動が市場を動かす典型例とも言えるでしょう。 なお、同氏の過去のウェブキャストはこちらのサイトで公開されています(名前、メールアドレス等を入力する必要あり)。スター投資家としてのビューもそうですが、他の投資家を惹き付けるプレゼン術も勉強になります(こちらで紹介している「Content x Delivery」の実践事例としても有益だと思います)。 前回までが大まかな授業の流れです。ここからは、授業の骨子をなす学生たちの発言について、少し触れたいと思います。 発言の質は、一言で言えば、Content(内容) x Delivery(伝え方)で決まります。Contentが乏しいと、どれだけエレガントな言葉を使っても評価されません。Deliveryについては、もちろん英語力は重要ですが、それだけではありません。発言のタイミングやボディランゲージなど、多くの要素が絡んできます。 良い発言は、Content x Delivery を押さえ、「クラスメートの学びに資する」という結果に繋がります。ただ、「クラスメートの学びに資する」というのは、当然ながら聞き手によって異なります。私も、自分にとっては意外な発言がクラスメートに「刺さった」ことがありました。良い発言というのは何となく「その場で聞けばわかる」のは事実ですが、その性質について明確に表現するのは案外難しいのかもしれません。 それに対し、明らかに「やってしまった」という類の発言の特徴については、クラス内の共通認識として存在しています。ここでは、ContentとDeliveryのそれぞれの側面から、「やってしまった」例を紹介していきます。なお、これらは何れも読んでいると至極当然に聞こえるかもしれませんが、ハイペースの議論の中であたって舞い上がり、「やってしまった」というのは、私ももちろん経験があります。 (1)既に出た意見と同内容の発言(Contentの観点から) クラスメートの意見に賛同する場合、新たな視点を提示しないと同意見と見なされ、評価されません。例えば、「X社によるY社の買収」の成否について議論している中で、Aさんが、 「この買収には賛成。X社は米国市場で主に活動しているが、米国市場は飽和化していて成長していない。他方で、Y社の主戦場の新興国市場は成長を続けており、この成長を取り入れるための今回の買収には賛成。」 といった類の発言をした場合、Bさんが、 「X社の買収戦略には賛成。なぜなら、添付資料を見ると、自国市場が飽和化しており、新興国の成長性を確保することが、資本の有効な使い道だから。」 と言った場合、恐らく評価されません。なぜでしょうか。 まず、BさんはAさんに賛同しているものの、Aさんの発言を引用していません。これでは、Aさんの発言を聞いていなかったと見なされても仕方ありません。それに、内容がほぼ同じであれば「Aさんに賛成」の一言だけでも済みますが、それだけでは「クラスメートの学びに資する」発言とは言えません。Air timeを使う以上、新しい視点や根拠が必要となります。 より有効な例としては、例えば、Cさんが以下のようなコメントをした場合です。 「Aさんは成長性の確保を理由に買収に賛同していて、私もそれには賛成。添付資料を見ると、Y社は成長率が突出して高いZ国でのシェアが圧倒的に高く、他の国ではむしろ苦戦しているのが見受けられる。つまり、X社は新興国全般というよりは、Z国でのシェアを買いに行っていると言えるのではないか。」 この場合、Aさんの発言を引用しつつ、新たな視点を提供しているため、的確な発言と見なされます。なお、Aさんに同意するなど、クラスメートの発言を引用する際には、「I agree with A and…」、「Adding onto A’s comment…」などのフレーズを発言の冒頭で使います。 授業中にBさんのようにならないためにも、80分間常に集中して、他のクラスメートの意見を注意深く聞くことが求められています。発言というと「喋る」方に注意が行きますが、「喋る」ためには何よりもまず「聴く」ことが重要だということです。 (2)インサイト溢れる意見であるものの、タイミングを逸した発言(Deliveryの観点から) 教授は、80分という限られた中で、クラスをテイクアウェイに導こうとします。そのためには、各ポイントにそこまで時間を費やすことはできません。 例えば、同じ買収の例であれば、①買い手と売り手の戦略的意義、②企業価値の計算手法と妥当性、というように授業は進んでいきます。①の議論にて全ての論点が出尽くすとは限りませんが、時間の関係から教授が②に進んだとします。 そういった中、「①で最も重要なテイクアウェイを解読した」と自信のあるDさんは、それについて発言するため手を挙げ続けていたものの、運悪く①の議論中には当てられませんでした。Dさんは、それでもクラスのためになると思い、②の議論をしている最中にそのポイントについて発言しました。 残念ながら、Dさんの「遅すぎた」発言は、クラスでは評価されません。どれだけ内容が充実していても、発言はタイミングが全てとなります。そのタイミングが過ぎ去った場合、その発言の価値は急速に劣化していきます。 これは、反対にも当てはまります。つまり、「早すぎる」発言もダメだということです。例えば、①の戦略的意義を議論している間に、このケースのテイクアウェイの一つである価値算定手法のポイントについて話してしまっても、タイミングが不適切ということで評価されません。 このタイミングを読むというDeliveryのポイントは、日本の「空気を読む」という概念と似ているのかもしれません。 --- 以上がHBSの授業について補足したかった内容ですが、イメージ沸いたでしょうか。 本当に良い授業の一コマというのは、授業の後も、そのケースについてクラスメートとランチやコーヒーをしながら議論が続くものです。卒業した今でも、当時のクラスメートと会うと、「あの時のあの発言は・・・」といった話になることがあります。 これこそがケースメソッドの醍醐味であり、HBSにて100年以上用いられている所以なのでしょう。 予習の後は、いよいよ授業。80分の真剣勝負です。 授業のフローは、教授によって変わりますが、概ね以下の通りになります。 (1)コールドコール まず、「◯◯(ケースの主人公)が直面している問題は何か」、「貴方が◯◯なら、次はどうするか」など、ケースの土台となる事実や選択肢について、教授が質問します。最初の質問は、教授が学生一人を指名します。挙手ではなく、このように一方的に指名する質問の仕方は「コールドコール」と呼ばれています。確率的には、90人生徒がいるので1/90ですが、これがあるので学生たちは毎回ちゃんとケースを読んでくる、とも言われています。 (2)学生たちによる議論 コールドコールでは、更問も含めて10分ぐらい喋らされる授業もありますが、大抵の教授は2〜5分程度で他の学生たちにも参加するよう促します(なお、議論に参加することを学内用語で「get in」と言います)。 時間の制約から90人全員が発言することはなく、授業毎に約30~40名が目安。発言の機会が与えられることを学内用語で「air time」と言いますが、何せ成績の半分が発言の質と量(もちろん、質>量)にかかっていますので、air timeはまさに争奪戦となります。公平性を期すため、挙手して当てられるのは原則授業毎に一人一回となり、air timeはだいたい一人30~60秒が目安です。また、まずは当てられなければ始まらないということで、「効果的な手の上げ方」といったことまで、学校側はレクチャーをします(腕を真っ直ぐ、前のめりに、タイミングよく上げて、教授の目を見る、など)。冗談みたいな話ですが、そこまで皆が真剣だということです。 なお、ケースの対象企業 / 業界 / 国で働いていたなど、そのケースについて特殊な知識や経験を持つ学生がクラス内にいる場合は、その限りではなく、教授も積極的にその学生を当てにいきます。例えば、日本企業のケースでは、クラスで唯一の日本人だった私は何度も当てられ、発言の時間も長く与えられました。 授業中のディベートは奨励されています(「agree to disagree」と表現されます)。例えば、「X社によるY社の買収」がテーマとなっているときに、
といった具合です。なお、クラスメートに直接反論された場合は、それに対して反論する機会が与えられます。 もちろん、クラスメートの発言に賛同することもできます。クラスメートの意見に対して、新たな視点を提示して、サポートすることもできます。 授業中、教授は黒板に発言のポイントを次々と列挙していきます。その黒板に整理されていく内容を基に、どんどん議論を進めていき、そのケースで学ぶべきテイクアウェイへとクラスを導いていきます。これを、如何に自然に、そしてスムーズにできるかが、学生による教授の評価を左右します。 (3)テイクアウェイの整理とまとめ ケースの主人公(或いは、ケースの対象企業の関係者等)が実際にクラスに来訪することも多々あります。その場合は、授業終了20分前には議論は終わり、主人公から生の話を聞く、といった流れになります。 ケースの主人公が来訪しない場合は、最後の5分ぐらいでまとめに入り、ケースのテイクアウェイを整理します。また、ケースの主人公の最終的な判断やその後の展開を取り上げることもあります。 授業を振り返ってみて、テイクアウェイへとクラスが到達するうえで、特に有益だった発言に対しては、教授から高い評価が与えられます。学内用語で、「advancing the learning of other classmates(クラスメートの学びに資する)」と表現されています。 教授が個々の発言の質について授業中にコメントをすることはありませんが、良い発言をしたときには、授業後にクラスメートからポジティブなフィードバックを貰うことがあります。議論と言うと、どうしても敵対的や競争的なニュアンスがありますが、必ずしもそうではありません。授業中はお互いにベストを尽くし、終わったらその成果をフィードバックを通じて称え合い、認め合う。そういったことが自然にできるプロフェッショナルたちが揃っているのがHBSです。もちろん、学校側もそういったことを奨励しています。スポーツにおいても、「良い試合」はプレーヤーの能力はもちろんのこと、お互いのスポーツマンシップが体現されて初めて生まれますが、それに似ているのかもしれません。 米国で8月下旬といえば、「Back to school」の季節です。長い夏休みが終わり、学校が始まる。それは、小学生も、MBA生も変わりません。 そしてHBSでは、1年生たちが同校の代名詞とも言えるケース・メソッドを初めて体感する季節でもあります。私も、この時期になると身体が思い出します。あの衝撃を。 拙著でもケース・メソッドについては触れていますが、今回はその番外編として、授業の流れやその準備等について、補足していきたいと思います。具体的には、授業の予習と流れ、そしてケース・メソッドの骨子をなす発言の良し悪しについて、簡単に紹介していきます。 まず、第一弾は、授業の予習についてです。 拙著でも触れていますが、HBSはほぼ全ての授業においてケース・メソッドを用いることで知られています。 ケース・メソッドとは、端的に言えば以下の形式の授業のことです。
そのため、このシステムが機能するには教授はもちろんのこと、学生にも周到な準備が要求されます。学生にとっては、授業中に発言をして議論に参加することが予習のアウトプットとなります。HBSでは授業中の発言が成績の50%を占めるため、しっかりと予習し、発言の質と頻度を高める必要があります(当然ですが成績が極端に悪いと進級・卒業できません)。 学生の典型的な準備の仕方は、概ね以下の通りです。 (1)ケースを読む(1時間〜1.5時間) ケースは、まず読まなければ始まりません。科目によってケースの長さは違いますが、だいたい英文15~20頁、Exhibit(グラフ等の添付資料)が5〜10頁といったところでしょうか。ただ、ケースが長いことで知られるマクロ経済の授業などは、Exhibitが30頁を超え、全体で50頁に及ぶこともあります。また、ケースに加え、教科書や論文の予習といった追加の課題が課されることもあります。 (2)発言内容の考察(30分〜) あくまでも予習のアウトプットはクラス内での発言となりますので、大まかな内容を考えておく必要があります。テーマは概ね、①現状の課題の分析、②貴方がケースの主人公ならどうするか、といった2点に集約されます。 発言の内容については、考え出すとキリがなくなることがあります。私も、最初はペースが掴めず、延々と考えて時間だけが過ぎていくことがありました。 (3)その他(30分〜) 科目によっては、発言以外でもアウトプットを求められることがあります。例えば、ファイナンスの授業では、分析対象企業の業績やキャッシュフロー予想を、エクセルを使って算出することが課されます。そして、その分析で自分が気づいた点などについて、発言を求められます。 HBSは、(1)〜(3)で2時間を推奨しています。3コマ・3ケースある日がほとんどなので、1ケース2時間としても、予習だけで6時間。確かに、それ以上は(睡眠を大幅に削る以外は)物理的に出来ませんし、経験上、それ以上は費やす時間に対する効果は大幅に逓減していきます。 拙著でも紹介している通り、ニューヨークという場所は、「目利き力のある投資家」のハブとして、資本、人材、情報が集積しています。そのため、「目利き力のある投資家」たちが一堂に会するイベントも多く、その度に、国内外の投資家たちの注目を集めています。
中でも、業界で最も注目されるイベントと言えば、Sohn Conferenceです。 私も参加してきましたので、今回は、その内容について少し紹介します。 イベントの公式ウェブサイトは以下の通りです。 http://www.sohnconference.org/new-york/ Sohn Conferenceとは、一年に一回、多くのスター投資家たちが一堂に会し、自身のベスト・アイディアを聴衆の前で披露する場です。拙著で紹介している、いわゆる「ストック・ピッチ」です。 イベント名の由来は、ウォール街のプロフェッショナルとして将来を嘱望されながら、若年性がんで命を落としたIra Sohnから来ています。同氏の友人等が若年性がんの研究のために基金を設立し、寄付を募るためのチャリティーイベントとして発足したのがSohn Conferenceです。したがって、このイベントの入場料等の収入は、全て同基金に寄付されます。Conferenceにてストックピッチを披露するスター投資家たちも、同基金のミッションに賛同し、チャリティーとしてこのイベントに参加しています。 Sohn Conferenceが一躍注目されるきっかけとなったのは2008年。スター投資家であるDavid Einhornが、この場で大々的にリーマン・ブラザーズ社のショート・アイディアを披露。その後、Einhornの投資ストーリーが見事に具現化し、同氏、そして、このイベントが世界的に注目されるようになりました。以降、毎年数多くの投資家やファイナンス関係者が聴衆として参加し、Conference自体も、ニューヨークだけでなく、ロンドン、香港などを含む、世界各国で行われるようになりました。 Conferenceの舞台はリンカーン・センター。世界有数のオーケストラであるニューヨーク・フィルハーモニックが演奏するコンサートホールとしても有名です。当日は、スーツ姿の参加者で満員。金融メディアも臨時スタジオをセットしていて、スター投資家が「ストックピッチ」で披露した内容を、瞬時に市場に伝えます。「ストックピッチ」後のスター投資家のライブインタビューも中継されます。もちろん、話題に挙がった企業の株価は即座に反応します。 スター投資家のインタビューなどは、下記のCNBCのサイトでまとめて見ることができます。 http://www.cnbc.com/sohn/ 進行は、基本的にスター投資家たちのストックピッチが一日中続くのですが、途中でMBAの学生が一人出てきます。スター投資家たちが審査員を務めるストックピッチ大会で優勝した、コロンビア大MBAの学生です。彼の投資アイディアはDexcomという糖尿病の医療機器メーカーのショート戦略。スター投資家たちが認めただけあって、内容はしっかりしていて、市場もこのピッチ後に動きました。投資アイディアは、「誰が」ピッチするのか、というのも確かに重要ですが、やはり最終的にはアイディアの「質」が勝負を決める、ということがわかります。 なお、他に興味深かった投資アイディアの一部につき、簡単にご紹介します。 Jeffrey Gundlach (DoubleLine) 新債券王と呼ばれる、スター投資家です。株ではなく債券の投資で有名ですが、幅広い投資戦略についてコメントすることで知られています。今回のアイディアはETFのロングとショートの組み合わせでした。 投資アイディア:モーゲージREIT(不動産を担保としたローンや証券への投資をする専門会社)のETF(銘柄名:REM)のロングと、インフラ関連のETF(銘柄名:XLU)のショート。 理由:どちらも配当利回り重視の投資家に好まれており、パフォーマンスの相関が強い。ただ、現状はREMの方がかなり割安、XLUがかなり割高となっているため、この差がいずれ縮むことによって利益が得られる。 なお、同氏はプレゼンが上手いことで知られ、今回も大統領候補のドナルド・トランプをネタにかなりの笑いを取っていました(余談ですが、現在の米国では、トランプの話題でスマートに笑いを取ることが一種の流行となっています)。 Chamath Palihapitilya (Social Capital) 著名ベンチャー・キャピタリストとして知られる同氏ですが、今回は上場株のアイディアを披露しています。 投資アイディア:アマゾンのロング。 理由:特にクラウドビジネスが成長を牽引する。クラウド事業を展開する他社はアマゾンのように設備投資ができないので、いずれアマゾンの独占事業となり、ユーザーにとっては、一種の「インターネットの税金」のようになる。株価は10年で10倍になると予想。 David Einhorn (Greenlight) 当日のトリは、やはりこの人でした。 投資アイディア:Caterpillar社(建設機器)のショート。 理由:鉱業セクターのスーパーサイクルはまだボトムをヒットしておらず、今後も更に厳しくなることが予想され、同社製品の需要は引き続き停滞するため。 ちなみに、登壇してすぐ、同氏はPalihapitilyaのアマゾンのアイディアについて、「(彼は)税金というものの本質がわかってない」と冗談交じりに言って、反論していました。Einhornはアマゾンをショートしていることで知られています。拙著でもご紹介したとおり、こういった公開の場でスター投資家同士でバトルが繰り広げられることもしばしばあります。見ている方は面白いのですが・・・ ちなみに、本イベントはチャリティーイベントですので、ストックピッチの合間に寄付金を促すビデオが流れます。近年、特に同基金が力を入れているのが小児がんのリサーチへの寄付です。こう言っては何ですが、昨年参加したときは「よくある話」と、正直そこまで関心がなかったのですが、子供が生まれ、父として参加した今年は、とても他人事とは思えず、心を動かされました。 投資アイディア一つで、ここまで世間の関心と寄付金を集め、こういった小さな命の救命のためにインパクトを与えることができる。改めてスター投資家の影響の大きさを感じた一日でした。 |
Author投資プロフェッショナル。著者。投資、MBA、書籍などについて綴ります。 Archive
May 2017
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