拙著でも紹介しているハーバード大学基金の投資戦略。そのハーバード大学基金が、投資業界を賑わしています。今回はそのことについて少し。 まずはファクツから。 発端は、運用成績に関する報告書でした。同基金の年度末は6月末のため、毎年この時期に過去1年間の運用成績を公開しています。結果は▲2%の損失。マイナス・リターンというだけでなく、ライバルのイェール大学基金の+3%を下回ったという比較性も話題になりました。 報告居の中身を読むと、その主因が、1)株式運用の不振、2)森林投資の不振、の二点であることがわかります。拙著でも触れていますが、この二つは本来であれば相関が弱いのですが(*)、前年度は不幸にも個別事象が重なりどちらも不振となりました。 (*)株価指数と森林投資はそれぞれ異なる要因によって資産価値が動きます。詳細は拙著で詳しく紹介しています。 そして、この報告の数日後、同基金は新最高投資責任者として、コロンビア大学基金の最高投資責任者を務めていたN.P. Narvekar氏を採用したと発表しました。なお、前任のStephen Blyth氏は7月末に辞任を表明していました。参考までに、私が在学していた3年前の最高投資責任者はJane Mendillo氏。その後、Stephen Blyth氏、そして今回のNarvekar氏と、短期間で次々と入れ替わっています。Narvekar氏は、ハーバード大学基金の運用スタイルの特徴とも言える「ハイブリッド・モデル」(*)について、より外部委託での運用を増やす方向で軌道修正するとしています。 (*)内部運用と外部委託を使い分ける運用スタイル、詳細は拙著で詳しく紹介しています 。 以上がファクツですが、ここからは感想を少し。 今回の運用のマイナスは、本来は相関が弱いもの同士が、個別の事象で同時に不振に陥ったということで、ある程度「不運」だったと言えるかと思います。もちろん、その個別要因を排除できなかったという意味での「目利き力」については問われる必要がありますが、大枠の投資方針が間違っていたとまで言えるかはわかりません。そもそも、同基金のような長期運用主体による1年間の運用成績が果たしてどの程度意味を持つのか、といった本質論もあります。 また、同基金の特徴であるハイブリッド・モデルに関する修正論の背景には、ライバルのイェール大学基金がほぼ外部委託のみの運用スタイルで成功しているというポイントがあります。 ただ、イェール大学との違いはそれだけではありません。もう一つの大きな違いは、リーダーシップの継続性(Continuity)です。同基金を率いるDavid Swensen氏(*)は、これまで30年間一貫して同基金の最高投資責任者を務めています。 (*)こちらで紹介している名著の著者でもあります。 長期投資が可能な特殊な資金(*)を運用するうえで、リーダーシップの継続性が重要なのは明白。30年間務める必要はないかもしれませんが、短期間に何度もリーダー(そして運用方針)が変わるのは、最適とは言えないでしょう。 (*)拙著では「投資業界の聖杯」と呼んでいます。 さて、リーダーが変わったハーバード大学基金はどう出るのか。引き続き注目していきたいと思います。 今回は、ランニング・シューズを題材とした良書2冊をご紹介します。 一冊目は、米国でベストセラーとなっている「Shoe Dog」。Nikeの創業者であるPhil Knight氏による自伝です。同社はBlue Ribbon社として創業。1960年代に日本国内で絶大な人気を誇っていたオニツカ・タイガー(現アシックス)の米国への輸入販売からスタートします。その後、日商岩井(現双実)などの支援を受けて自社開発シューズで成功し、1980年に上場。それまでの過程を、「ここまで普通覚えていないだろう」と読者を唸らせるほどのディテールでKnight氏が赤裸々に綴っています。 人物描写が豊富で、ノンフィクションですが小説を読んでいるかのよう。自伝にありがちな自画自賛ではなく、創業者としてどれだけ迷い苦しんだかが描かれており、終章では家族等に関する後悔の念も記されています。マイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズなど、Nikeのセレブたちとの逸話を期待するとがっかりするかもしれませんが、「人間:Phil Knight」を知るうえではこの上ない書と言えるでしょう。ただ、一言申すとすれば、日本関係者が多いせいか文中に日本語のフレーズが何度も出てきますが、多くが間違っていた点でしょうか(日本人以外は気にしないでしょうが・・・)。日本語ができる編集者はいなかったのでしょうか・・・。 二冊目は、日本でベストセラーとなっている「陸王」。著者の池井戸氏の作品はこれまでほぼ全読しており外れはありませんが、本書はその中でもトップの部類に入る面白さでした。ジャンルとしては「半沢シリーズ」より「下町ロケット」。主人公の宮沢が率いる足袋専門の零細企業が、その技術を活かしてランニング・シューズを開発し業界大手に挑む、といったストーリーです。 600ページ近い長編ですが、一気に読めます。読後気になって少し調べてみましたが、「きねや足袋」という実在の会社が一部のモデルとなっているようです。 興味深かったのは、Knight氏も宮沢社長も、ビジネスを超越した「想い」を込めてランニング・シューズを作っているという点です。ノンフィクションであれフィクションであれ、その「想い」に読者は動かされます(私を含めて)。こういった「想い」が、結果的にビジネスの成功にも繋がるのではないか。ビジネスをやるうえでも、投資をするうえでも、忘れてはならないのではないか。読後久しぶりにランニング・シューズを履いて外を走りながら、そう思いました。 |
Author投資プロフェッショナル。著者。投資、MBA、書籍などについて綴ります。 Archive
May 2017
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