今回ご紹介するのは、ヒットドラマ「Silicon Valley」の脚本家でも知られる、Dan Lyons氏による話題の書です。 本書は、Lyons氏のHubSpotでの体験談となっています。同氏は、Newsweekにて主にIT業界をカバー。しかし、諸事情によりベンチャー企業のHubSpotに参画することになります。同社は、MIT出身の創業者が起業。飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大し、2014年にIPOしたベンチャー企業です。 内容は、一言で言えば「HubSpotのミレニアル世代主導のハチャメチャなコーポレート・カルチャーに、著者が辟易する(同氏は50代)」といったもの。 「Silicon Valley」の脚本家とあって、表現が巧みで、スラスラ読めます。出てくるエピソードは多少(かなり?)脚色が入っていると推測されるものの、シュールなコメディを見ているような感覚です。HubSpotの経営陣からしてみれば、「暴露本」とも言えるのかもしれませんが・・・。 Lyon氏は、HubSpotで起きていることは現在の米国ベンチャー業界の縮図だとしています。その主張の要旨は以下(少々極論かもしれませんが・・・)。
文中では、被害妄想(?)とも捉えられる箇所もあります。ただ、「ベンチャー・ブーム」を賞賛する記事が米国メディアに溢れる中、同業界のエキスパートではない私にとっては、実状を知るうえでの一つのビューとして参考になりました。拙著でもご紹介している「過去のITバブルにおける、当時の投資家の行動」と照らし合わせて読むのも興味深いと思います。 今回ご紹介するのは、Jeffery Gundlach氏の直近のビューです。 Sohn Conferenceの記事でもご紹介した同氏。メディアでは「新債券王」とも称されるスター投資家です。「債券王」と言えばPIMCOのBill Gross氏が有名でしたが、その称号は今では同氏に継承されているようです。 Gundlach氏はプレゼンが面白いことでも知られ、個人投資家の人気も集めています。同氏が創業し、CEO兼CIO(最高投資責任者)を務めるDoubleLine社は数々の人気投信を運用しています。 同氏は、定期的にウェブキャストを開催し自身のビューを披露しています。下記は直近の要旨です。
このビューはマーケットで瞬く間に広まり、米国中長期金利は上昇しました。スター投資家の言動が市場を動かす典型例とも言えるでしょう。 なお、同氏の過去のウェブキャストはこちらのサイトで公開されています(名前、メールアドレス等を入力する必要あり)。スター投資家としてのビューもそうですが、他の投資家を惹き付けるプレゼン術も勉強になります(こちらで紹介している「Content x Delivery」の実践事例としても有益だと思います)。 前回までが大まかな授業の流れです。ここからは、授業の骨子をなす学生たちの発言について、少し触れたいと思います。 発言の質は、一言で言えば、Content(内容) x Delivery(伝え方)で決まります。Contentが乏しいと、どれだけエレガントな言葉を使っても評価されません。Deliveryについては、もちろん英語力は重要ですが、それだけではありません。発言のタイミングやボディランゲージなど、多くの要素が絡んできます。 良い発言は、Content x Delivery を押さえ、「クラスメートの学びに資する」という結果に繋がります。ただ、「クラスメートの学びに資する」というのは、当然ながら聞き手によって異なります。私も、自分にとっては意外な発言がクラスメートに「刺さった」ことがありました。良い発言というのは何となく「その場で聞けばわかる」のは事実ですが、その性質について明確に表現するのは案外難しいのかもしれません。 それに対し、明らかに「やってしまった」という類の発言の特徴については、クラス内の共通認識として存在しています。ここでは、ContentとDeliveryのそれぞれの側面から、「やってしまった」例を紹介していきます。なお、これらは何れも読んでいると至極当然に聞こえるかもしれませんが、ハイペースの議論の中であたって舞い上がり、「やってしまった」というのは、私ももちろん経験があります。 (1)既に出た意見と同内容の発言(Contentの観点から) クラスメートの意見に賛同する場合、新たな視点を提示しないと同意見と見なされ、評価されません。例えば、「X社によるY社の買収」の成否について議論している中で、Aさんが、 「この買収には賛成。X社は米国市場で主に活動しているが、米国市場は飽和化していて成長していない。他方で、Y社の主戦場の新興国市場は成長を続けており、この成長を取り入れるための今回の買収には賛成。」 といった類の発言をした場合、Bさんが、 「X社の買収戦略には賛成。なぜなら、添付資料を見ると、自国市場が飽和化しており、新興国の成長性を確保することが、資本の有効な使い道だから。」 と言った場合、恐らく評価されません。なぜでしょうか。 まず、BさんはAさんに賛同しているものの、Aさんの発言を引用していません。これでは、Aさんの発言を聞いていなかったと見なされても仕方ありません。それに、内容がほぼ同じであれば「Aさんに賛成」の一言だけでも済みますが、それだけでは「クラスメートの学びに資する」発言とは言えません。Air timeを使う以上、新しい視点や根拠が必要となります。 より有効な例としては、例えば、Cさんが以下のようなコメントをした場合です。 「Aさんは成長性の確保を理由に買収に賛同していて、私もそれには賛成。添付資料を見ると、Y社は成長率が突出して高いZ国でのシェアが圧倒的に高く、他の国ではむしろ苦戦しているのが見受けられる。つまり、X社は新興国全般というよりは、Z国でのシェアを買いに行っていると言えるのではないか。」 この場合、Aさんの発言を引用しつつ、新たな視点を提供しているため、的確な発言と見なされます。なお、Aさんに同意するなど、クラスメートの発言を引用する際には、「I agree with A and…」、「Adding onto A’s comment…」などのフレーズを発言の冒頭で使います。 授業中にBさんのようにならないためにも、80分間常に集中して、他のクラスメートの意見を注意深く聞くことが求められています。発言というと「喋る」方に注意が行きますが、「喋る」ためには何よりもまず「聴く」ことが重要だということです。 (2)インサイト溢れる意見であるものの、タイミングを逸した発言(Deliveryの観点から) 教授は、80分という限られた中で、クラスをテイクアウェイに導こうとします。そのためには、各ポイントにそこまで時間を費やすことはできません。 例えば、同じ買収の例であれば、①買い手と売り手の戦略的意義、②企業価値の計算手法と妥当性、というように授業は進んでいきます。①の議論にて全ての論点が出尽くすとは限りませんが、時間の関係から教授が②に進んだとします。 そういった中、「①で最も重要なテイクアウェイを解読した」と自信のあるDさんは、それについて発言するため手を挙げ続けていたものの、運悪く①の議論中には当てられませんでした。Dさんは、それでもクラスのためになると思い、②の議論をしている最中にそのポイントについて発言しました。 残念ながら、Dさんの「遅すぎた」発言は、クラスでは評価されません。どれだけ内容が充実していても、発言はタイミングが全てとなります。そのタイミングが過ぎ去った場合、その発言の価値は急速に劣化していきます。 これは、反対にも当てはまります。つまり、「早すぎる」発言もダメだということです。例えば、①の戦略的意義を議論している間に、このケースのテイクアウェイの一つである価値算定手法のポイントについて話してしまっても、タイミングが不適切ということで評価されません。 このタイミングを読むというDeliveryのポイントは、日本の「空気を読む」という概念と似ているのかもしれません。 --- 以上がHBSの授業について補足したかった内容ですが、イメージ沸いたでしょうか。 本当に良い授業の一コマというのは、授業の後も、そのケースについてクラスメートとランチやコーヒーをしながら議論が続くものです。卒業した今でも、当時のクラスメートと会うと、「あの時のあの発言は・・・」といった話になることがあります。 これこそがケースメソッドの醍醐味であり、HBSにて100年以上用いられている所以なのでしょう。 予習の後は、いよいよ授業。80分の真剣勝負です。 授業のフローは、教授によって変わりますが、概ね以下の通りになります。 (1)コールドコール まず、「◯◯(ケースの主人公)が直面している問題は何か」、「貴方が◯◯なら、次はどうするか」など、ケースの土台となる事実や選択肢について、教授が質問します。最初の質問は、教授が学生一人を指名します。挙手ではなく、このように一方的に指名する質問の仕方は「コールドコール」と呼ばれています。確率的には、90人生徒がいるので1/90ですが、これがあるので学生たちは毎回ちゃんとケースを読んでくる、とも言われています。 (2)学生たちによる議論 コールドコールでは、更問も含めて10分ぐらい喋らされる授業もありますが、大抵の教授は2〜5分程度で他の学生たちにも参加するよう促します(なお、議論に参加することを学内用語で「get in」と言います)。 時間の制約から90人全員が発言することはなく、授業毎に約30~40名が目安。発言の機会が与えられることを学内用語で「air time」と言いますが、何せ成績の半分が発言の質と量(もちろん、質>量)にかかっていますので、air timeはまさに争奪戦となります。公平性を期すため、挙手して当てられるのは原則授業毎に一人一回となり、air timeはだいたい一人30~60秒が目安です。また、まずは当てられなければ始まらないということで、「効果的な手の上げ方」といったことまで、学校側はレクチャーをします(腕を真っ直ぐ、前のめりに、タイミングよく上げて、教授の目を見る、など)。冗談みたいな話ですが、そこまで皆が真剣だということです。 なお、ケースの対象企業 / 業界 / 国で働いていたなど、そのケースについて特殊な知識や経験を持つ学生がクラス内にいる場合は、その限りではなく、教授も積極的にその学生を当てにいきます。例えば、日本企業のケースでは、クラスで唯一の日本人だった私は何度も当てられ、発言の時間も長く与えられました。 授業中のディベートは奨励されています(「agree to disagree」と表現されます)。例えば、「X社によるY社の買収」がテーマとなっているときに、
といった具合です。なお、クラスメートに直接反論された場合は、それに対して反論する機会が与えられます。 もちろん、クラスメートの発言に賛同することもできます。クラスメートの意見に対して、新たな視点を提示して、サポートすることもできます。 授業中、教授は黒板に発言のポイントを次々と列挙していきます。その黒板に整理されていく内容を基に、どんどん議論を進めていき、そのケースで学ぶべきテイクアウェイへとクラスを導いていきます。これを、如何に自然に、そしてスムーズにできるかが、学生による教授の評価を左右します。 (3)テイクアウェイの整理とまとめ ケースの主人公(或いは、ケースの対象企業の関係者等)が実際にクラスに来訪することも多々あります。その場合は、授業終了20分前には議論は終わり、主人公から生の話を聞く、といった流れになります。 ケースの主人公が来訪しない場合は、最後の5分ぐらいでまとめに入り、ケースのテイクアウェイを整理します。また、ケースの主人公の最終的な判断やその後の展開を取り上げることもあります。 授業を振り返ってみて、テイクアウェイへとクラスが到達するうえで、特に有益だった発言に対しては、教授から高い評価が与えられます。学内用語で、「advancing the learning of other classmates(クラスメートの学びに資する)」と表現されています。 教授が個々の発言の質について授業中にコメントをすることはありませんが、良い発言をしたときには、授業後にクラスメートからポジティブなフィードバックを貰うことがあります。議論と言うと、どうしても敵対的や競争的なニュアンスがありますが、必ずしもそうではありません。授業中はお互いにベストを尽くし、終わったらその成果をフィードバックを通じて称え合い、認め合う。そういったことが自然にできるプロフェッショナルたちが揃っているのがHBSです。もちろん、学校側もそういったことを奨励しています。スポーツにおいても、「良い試合」はプレーヤーの能力はもちろんのこと、お互いのスポーツマンシップが体現されて初めて生まれますが、それに似ているのかもしれません。 |
Author投資プロフェッショナル。著者。投資、MBA、書籍などについて綴ります。 Archive
May 2017
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