前回までが大まかな授業の流れです。ここからは、授業の骨子をなす学生たちの発言について、少し触れたいと思います。 発言の質は、一言で言えば、Content(内容) x Delivery(伝え方)で決まります。Contentが乏しいと、どれだけエレガントな言葉を使っても評価されません。Deliveryについては、もちろん英語力は重要ですが、それだけではありません。発言のタイミングやボディランゲージなど、多くの要素が絡んできます。 良い発言は、Content x Delivery を押さえ、「クラスメートの学びに資する」という結果に繋がります。ただ、「クラスメートの学びに資する」というのは、当然ながら聞き手によって異なります。私も、自分にとっては意外な発言がクラスメートに「刺さった」ことがありました。良い発言というのは何となく「その場で聞けばわかる」のは事実ですが、その性質について明確に表現するのは案外難しいのかもしれません。 それに対し、明らかに「やってしまった」という類の発言の特徴については、クラス内の共通認識として存在しています。ここでは、ContentとDeliveryのそれぞれの側面から、「やってしまった」例を紹介していきます。なお、これらは何れも読んでいると至極当然に聞こえるかもしれませんが、ハイペースの議論の中であたって舞い上がり、「やってしまった」というのは、私ももちろん経験があります。 (1)既に出た意見と同内容の発言(Contentの観点から) クラスメートの意見に賛同する場合、新たな視点を提示しないと同意見と見なされ、評価されません。例えば、「X社によるY社の買収」の成否について議論している中で、Aさんが、 「この買収には賛成。X社は米国市場で主に活動しているが、米国市場は飽和化していて成長していない。他方で、Y社の主戦場の新興国市場は成長を続けており、この成長を取り入れるための今回の買収には賛成。」 といった類の発言をした場合、Bさんが、 「X社の買収戦略には賛成。なぜなら、添付資料を見ると、自国市場が飽和化しており、新興国の成長性を確保することが、資本の有効な使い道だから。」 と言った場合、恐らく評価されません。なぜでしょうか。 まず、BさんはAさんに賛同しているものの、Aさんの発言を引用していません。これでは、Aさんの発言を聞いていなかったと見なされても仕方ありません。それに、内容がほぼ同じであれば「Aさんに賛成」の一言だけでも済みますが、それだけでは「クラスメートの学びに資する」発言とは言えません。Air timeを使う以上、新しい視点や根拠が必要となります。 より有効な例としては、例えば、Cさんが以下のようなコメントをした場合です。 「Aさんは成長性の確保を理由に買収に賛同していて、私もそれには賛成。添付資料を見ると、Y社は成長率が突出して高いZ国でのシェアが圧倒的に高く、他の国ではむしろ苦戦しているのが見受けられる。つまり、X社は新興国全般というよりは、Z国でのシェアを買いに行っていると言えるのではないか。」 この場合、Aさんの発言を引用しつつ、新たな視点を提供しているため、的確な発言と見なされます。なお、Aさんに同意するなど、クラスメートの発言を引用する際には、「I agree with A and…」、「Adding onto A’s comment…」などのフレーズを発言の冒頭で使います。 授業中にBさんのようにならないためにも、80分間常に集中して、他のクラスメートの意見を注意深く聞くことが求められています。発言というと「喋る」方に注意が行きますが、「喋る」ためには何よりもまず「聴く」ことが重要だということです。 (2)インサイト溢れる意見であるものの、タイミングを逸した発言(Deliveryの観点から) 教授は、80分という限られた中で、クラスをテイクアウェイに導こうとします。そのためには、各ポイントにそこまで時間を費やすことはできません。 例えば、同じ買収の例であれば、①買い手と売り手の戦略的意義、②企業価値の計算手法と妥当性、というように授業は進んでいきます。①の議論にて全ての論点が出尽くすとは限りませんが、時間の関係から教授が②に進んだとします。 そういった中、「①で最も重要なテイクアウェイを解読した」と自信のあるDさんは、それについて発言するため手を挙げ続けていたものの、運悪く①の議論中には当てられませんでした。Dさんは、それでもクラスのためになると思い、②の議論をしている最中にそのポイントについて発言しました。 残念ながら、Dさんの「遅すぎた」発言は、クラスでは評価されません。どれだけ内容が充実していても、発言はタイミングが全てとなります。そのタイミングが過ぎ去った場合、その発言の価値は急速に劣化していきます。 これは、反対にも当てはまります。つまり、「早すぎる」発言もダメだということです。例えば、①の戦略的意義を議論している間に、このケースのテイクアウェイの一つである価値算定手法のポイントについて話してしまっても、タイミングが不適切ということで評価されません。 このタイミングを読むというDeliveryのポイントは、日本の「空気を読む」という概念と似ているのかもしれません。 --- 以上がHBSの授業について補足したかった内容ですが、イメージ沸いたでしょうか。 本当に良い授業の一コマというのは、授業の後も、そのケースについてクラスメートとランチやコーヒーをしながら議論が続くものです。卒業した今でも、当時のクラスメートと会うと、「あの時のあの発言は・・・」といった話になることがあります。 これこそがケースメソッドの醍醐味であり、HBSにて100年以上用いられている所以なのでしょう。 Comments are closed.
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Author投資プロフェッショナル。著者。投資、MBA、書籍などについて綴ります。 Archive
May 2017
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