今回ご紹介するのは、HBSのクリステンセン教授の最新作です。 クリステンセン教授と言えば、イノベーションに関する研究の第一人者であり、同分野の大ベストセラーである「イノベーションのジレンマ」の著者としても広く知られています。その同教授の最新作と言えば、読まない訳にはいきません。 書名は、「Competing Against Luck(運と競う)」 。一見、イノベーションと関係がなさそうな題名ですが、背景は以下です。
そして、その鍵となる理論は、「Jobs To Be Done(やるべき仕事)」。一言で言うと、以下です。
これだけでは少々分かり難いかもしれません。そのため、この理論を紹介するうえでクリステンセン教授がよく使うのが、「ミルクシェイク」の話です(私の在学中にも、授業で出たのを覚えています)。本書でも冒頭で紹介されており、この理論のエッセンスが凝縮されています。概要は以下。
つまり、このストーリーのテイクアウェイは以下です。
いかがでしょう。 もちろん、本書はこの理論について更に深堀していきますが、エッセンスはミルクシェイクの話に凝縮されています。これだけ聞くと、「当たり前ではないか」と思われるかもしれません。「イノベーションのジレンマ」についても、読後そう思ったのは、私だけではないはずです。心に残る重要なコンセプトというのは、ここまでわかりやすく研ぎ澄まされているからこそ、腹に落ちるのだと思います。 クリステンセン教授は、この理論を完成させるのに20年以上の歳月をかけたと記しています。その集大成である本書。ぜひ、ご一読をお勧めします。 拙著でも紹介しているハーバード大学基金の投資戦略。そのハーバード大学基金が、投資業界を賑わしています。今回はそのことについて少し。 まずはファクツから。 発端は、運用成績に関する報告書でした。同基金の年度末は6月末のため、毎年この時期に過去1年間の運用成績を公開しています。結果は▲2%の損失。マイナス・リターンというだけでなく、ライバルのイェール大学基金の+3%を下回ったという比較性も話題になりました。 報告居の中身を読むと、その主因が、1)株式運用の不振、2)森林投資の不振、の二点であることがわかります。拙著でも触れていますが、この二つは本来であれば相関が弱いのですが(*)、前年度は不幸にも個別事象が重なりどちらも不振となりました。 (*)株価指数と森林投資はそれぞれ異なる要因によって資産価値が動きます。詳細は拙著で詳しく紹介しています。 そして、この報告の数日後、同基金は新最高投資責任者として、コロンビア大学基金の最高投資責任者を務めていたN.P. Narvekar氏を採用したと発表しました。なお、前任のStephen Blyth氏は7月末に辞任を表明していました。参考までに、私が在学していた3年前の最高投資責任者はJane Mendillo氏。その後、Stephen Blyth氏、そして今回のNarvekar氏と、短期間で次々と入れ替わっています。Narvekar氏は、ハーバード大学基金の運用スタイルの特徴とも言える「ハイブリッド・モデル」(*)について、より外部委託での運用を増やす方向で軌道修正するとしています。 (*)内部運用と外部委託を使い分ける運用スタイル、詳細は拙著で詳しく紹介しています 。 以上がファクツですが、ここからは感想を少し。 今回の運用のマイナスは、本来は相関が弱いもの同士が、個別の事象で同時に不振に陥ったということで、ある程度「不運」だったと言えるかと思います。もちろん、その個別要因を排除できなかったという意味での「目利き力」については問われる必要がありますが、大枠の投資方針が間違っていたとまで言えるかはわかりません。そもそも、同基金のような長期運用主体による1年間の運用成績が果たしてどの程度意味を持つのか、といった本質論もあります。 また、同基金の特徴であるハイブリッド・モデルに関する修正論の背景には、ライバルのイェール大学基金がほぼ外部委託のみの運用スタイルで成功しているというポイントがあります。 ただ、イェール大学との違いはそれだけではありません。もう一つの大きな違いは、リーダーシップの継続性(Continuity)です。同基金を率いるDavid Swensen氏(*)は、これまで30年間一貫して同基金の最高投資責任者を務めています。 (*)こちらで紹介している名著の著者でもあります。 長期投資が可能な特殊な資金(*)を運用するうえで、リーダーシップの継続性が重要なのは明白。30年間務める必要はないかもしれませんが、短期間に何度もリーダー(そして運用方針)が変わるのは、最適とは言えないでしょう。 (*)拙著では「投資業界の聖杯」と呼んでいます。 さて、リーダーが変わったハーバード大学基金はどう出るのか。引き続き注目していきたいと思います。 前回までが大まかな授業の流れです。ここからは、授業の骨子をなす学生たちの発言について、少し触れたいと思います。 発言の質は、一言で言えば、Content(内容) x Delivery(伝え方)で決まります。Contentが乏しいと、どれだけエレガントな言葉を使っても評価されません。Deliveryについては、もちろん英語力は重要ですが、それだけではありません。発言のタイミングやボディランゲージなど、多くの要素が絡んできます。 良い発言は、Content x Delivery を押さえ、「クラスメートの学びに資する」という結果に繋がります。ただ、「クラスメートの学びに資する」というのは、当然ながら聞き手によって異なります。私も、自分にとっては意外な発言がクラスメートに「刺さった」ことがありました。良い発言というのは何となく「その場で聞けばわかる」のは事実ですが、その性質について明確に表現するのは案外難しいのかもしれません。 それに対し、明らかに「やってしまった」という類の発言の特徴については、クラス内の共通認識として存在しています。ここでは、ContentとDeliveryのそれぞれの側面から、「やってしまった」例を紹介していきます。なお、これらは何れも読んでいると至極当然に聞こえるかもしれませんが、ハイペースの議論の中であたって舞い上がり、「やってしまった」というのは、私ももちろん経験があります。 (1)既に出た意見と同内容の発言(Contentの観点から) クラスメートの意見に賛同する場合、新たな視点を提示しないと同意見と見なされ、評価されません。例えば、「X社によるY社の買収」の成否について議論している中で、Aさんが、 「この買収には賛成。X社は米国市場で主に活動しているが、米国市場は飽和化していて成長していない。他方で、Y社の主戦場の新興国市場は成長を続けており、この成長を取り入れるための今回の買収には賛成。」 といった類の発言をした場合、Bさんが、 「X社の買収戦略には賛成。なぜなら、添付資料を見ると、自国市場が飽和化しており、新興国の成長性を確保することが、資本の有効な使い道だから。」 と言った場合、恐らく評価されません。なぜでしょうか。 まず、BさんはAさんに賛同しているものの、Aさんの発言を引用していません。これでは、Aさんの発言を聞いていなかったと見なされても仕方ありません。それに、内容がほぼ同じであれば「Aさんに賛成」の一言だけでも済みますが、それだけでは「クラスメートの学びに資する」発言とは言えません。Air timeを使う以上、新しい視点や根拠が必要となります。 より有効な例としては、例えば、Cさんが以下のようなコメントをした場合です。 「Aさんは成長性の確保を理由に買収に賛同していて、私もそれには賛成。添付資料を見ると、Y社は成長率が突出して高いZ国でのシェアが圧倒的に高く、他の国ではむしろ苦戦しているのが見受けられる。つまり、X社は新興国全般というよりは、Z国でのシェアを買いに行っていると言えるのではないか。」 この場合、Aさんの発言を引用しつつ、新たな視点を提供しているため、的確な発言と見なされます。なお、Aさんに同意するなど、クラスメートの発言を引用する際には、「I agree with A and…」、「Adding onto A’s comment…」などのフレーズを発言の冒頭で使います。 授業中にBさんのようにならないためにも、80分間常に集中して、他のクラスメートの意見を注意深く聞くことが求められています。発言というと「喋る」方に注意が行きますが、「喋る」ためには何よりもまず「聴く」ことが重要だということです。 (2)インサイト溢れる意見であるものの、タイミングを逸した発言(Deliveryの観点から) 教授は、80分という限られた中で、クラスをテイクアウェイに導こうとします。そのためには、各ポイントにそこまで時間を費やすことはできません。 例えば、同じ買収の例であれば、①買い手と売り手の戦略的意義、②企業価値の計算手法と妥当性、というように授業は進んでいきます。①の議論にて全ての論点が出尽くすとは限りませんが、時間の関係から教授が②に進んだとします。 そういった中、「①で最も重要なテイクアウェイを解読した」と自信のあるDさんは、それについて発言するため手を挙げ続けていたものの、運悪く①の議論中には当てられませんでした。Dさんは、それでもクラスのためになると思い、②の議論をしている最中にそのポイントについて発言しました。 残念ながら、Dさんの「遅すぎた」発言は、クラスでは評価されません。どれだけ内容が充実していても、発言はタイミングが全てとなります。そのタイミングが過ぎ去った場合、その発言の価値は急速に劣化していきます。 これは、反対にも当てはまります。つまり、「早すぎる」発言もダメだということです。例えば、①の戦略的意義を議論している間に、このケースのテイクアウェイの一つである価値算定手法のポイントについて話してしまっても、タイミングが不適切ということで評価されません。 このタイミングを読むというDeliveryのポイントは、日本の「空気を読む」という概念と似ているのかもしれません。 --- 以上がHBSの授業について補足したかった内容ですが、イメージ沸いたでしょうか。 本当に良い授業の一コマというのは、授業の後も、そのケースについてクラスメートとランチやコーヒーをしながら議論が続くものです。卒業した今でも、当時のクラスメートと会うと、「あの時のあの発言は・・・」といった話になることがあります。 これこそがケースメソッドの醍醐味であり、HBSにて100年以上用いられている所以なのでしょう。 予習の後は、いよいよ授業。80分の真剣勝負です。 授業のフローは、教授によって変わりますが、概ね以下の通りになります。 (1)コールドコール まず、「◯◯(ケースの主人公)が直面している問題は何か」、「貴方が◯◯なら、次はどうするか」など、ケースの土台となる事実や選択肢について、教授が質問します。最初の質問は、教授が学生一人を指名します。挙手ではなく、このように一方的に指名する質問の仕方は「コールドコール」と呼ばれています。確率的には、90人生徒がいるので1/90ですが、これがあるので学生たちは毎回ちゃんとケースを読んでくる、とも言われています。 (2)学生たちによる議論 コールドコールでは、更問も含めて10分ぐらい喋らされる授業もありますが、大抵の教授は2〜5分程度で他の学生たちにも参加するよう促します(なお、議論に参加することを学内用語で「get in」と言います)。 時間の制約から90人全員が発言することはなく、授業毎に約30~40名が目安。発言の機会が与えられることを学内用語で「air time」と言いますが、何せ成績の半分が発言の質と量(もちろん、質>量)にかかっていますので、air timeはまさに争奪戦となります。公平性を期すため、挙手して当てられるのは原則授業毎に一人一回となり、air timeはだいたい一人30~60秒が目安です。また、まずは当てられなければ始まらないということで、「効果的な手の上げ方」といったことまで、学校側はレクチャーをします(腕を真っ直ぐ、前のめりに、タイミングよく上げて、教授の目を見る、など)。冗談みたいな話ですが、そこまで皆が真剣だということです。 なお、ケースの対象企業 / 業界 / 国で働いていたなど、そのケースについて特殊な知識や経験を持つ学生がクラス内にいる場合は、その限りではなく、教授も積極的にその学生を当てにいきます。例えば、日本企業のケースでは、クラスで唯一の日本人だった私は何度も当てられ、発言の時間も長く与えられました。 授業中のディベートは奨励されています(「agree to disagree」と表現されます)。例えば、「X社によるY社の買収」がテーマとなっているときに、
といった具合です。なお、クラスメートに直接反論された場合は、それに対して反論する機会が与えられます。 もちろん、クラスメートの発言に賛同することもできます。クラスメートの意見に対して、新たな視点を提示して、サポートすることもできます。 授業中、教授は黒板に発言のポイントを次々と列挙していきます。その黒板に整理されていく内容を基に、どんどん議論を進めていき、そのケースで学ぶべきテイクアウェイへとクラスを導いていきます。これを、如何に自然に、そしてスムーズにできるかが、学生による教授の評価を左右します。 (3)テイクアウェイの整理とまとめ ケースの主人公(或いは、ケースの対象企業の関係者等)が実際にクラスに来訪することも多々あります。その場合は、授業終了20分前には議論は終わり、主人公から生の話を聞く、といった流れになります。 ケースの主人公が来訪しない場合は、最後の5分ぐらいでまとめに入り、ケースのテイクアウェイを整理します。また、ケースの主人公の最終的な判断やその後の展開を取り上げることもあります。 授業を振り返ってみて、テイクアウェイへとクラスが到達するうえで、特に有益だった発言に対しては、教授から高い評価が与えられます。学内用語で、「advancing the learning of other classmates(クラスメートの学びに資する)」と表現されています。 教授が個々の発言の質について授業中にコメントをすることはありませんが、良い発言をしたときには、授業後にクラスメートからポジティブなフィードバックを貰うことがあります。議論と言うと、どうしても敵対的や競争的なニュアンスがありますが、必ずしもそうではありません。授業中はお互いにベストを尽くし、終わったらその成果をフィードバックを通じて称え合い、認め合う。そういったことが自然にできるプロフェッショナルたちが揃っているのがHBSです。もちろん、学校側もそういったことを奨励しています。スポーツにおいても、「良い試合」はプレーヤーの能力はもちろんのこと、お互いのスポーツマンシップが体現されて初めて生まれますが、それに似ているのかもしれません。 米国で8月下旬といえば、「Back to school」の季節です。長い夏休みが終わり、学校が始まる。それは、小学生も、MBA生も変わりません。 そしてHBSでは、1年生たちが同校の代名詞とも言えるケース・メソッドを初めて体感する季節でもあります。私も、この時期になると身体が思い出します。あの衝撃を。 拙著でもケース・メソッドについては触れていますが、今回はその番外編として、授業の流れやその準備等について、補足していきたいと思います。具体的には、授業の予習と流れ、そしてケース・メソッドの骨子をなす発言の良し悪しについて、簡単に紹介していきます。 まず、第一弾は、授業の予習についてです。 拙著でも触れていますが、HBSはほぼ全ての授業においてケース・メソッドを用いることで知られています。 ケース・メソッドとは、端的に言えば以下の形式の授業のことです。
そのため、このシステムが機能するには教授はもちろんのこと、学生にも周到な準備が要求されます。学生にとっては、授業中に発言をして議論に参加することが予習のアウトプットとなります。HBSでは授業中の発言が成績の50%を占めるため、しっかりと予習し、発言の質と頻度を高める必要があります(当然ですが成績が極端に悪いと進級・卒業できません)。 学生の典型的な準備の仕方は、概ね以下の通りです。 (1)ケースを読む(1時間〜1.5時間) ケースは、まず読まなければ始まりません。科目によってケースの長さは違いますが、だいたい英文15~20頁、Exhibit(グラフ等の添付資料)が5〜10頁といったところでしょうか。ただ、ケースが長いことで知られるマクロ経済の授業などは、Exhibitが30頁を超え、全体で50頁に及ぶこともあります。また、ケースに加え、教科書や論文の予習といった追加の課題が課されることもあります。 (2)発言内容の考察(30分〜) あくまでも予習のアウトプットはクラス内での発言となりますので、大まかな内容を考えておく必要があります。テーマは概ね、①現状の課題の分析、②貴方がケースの主人公ならどうするか、といった2点に集約されます。 発言の内容については、考え出すとキリがなくなることがあります。私も、最初はペースが掴めず、延々と考えて時間だけが過ぎていくことがありました。 (3)その他(30分〜) 科目によっては、発言以外でもアウトプットを求められることがあります。例えば、ファイナンスの授業では、分析対象企業の業績やキャッシュフロー予想を、エクセルを使って算出することが課されます。そして、その分析で自分が気づいた点などについて、発言を求められます。 HBSは、(1)〜(3)で2時間を推奨しています。3コマ・3ケースある日がほとんどなので、1ケース2時間としても、予習だけで6時間。確かに、それ以上は(睡眠を大幅に削る以外は)物理的に出来ませんし、経験上、それ以上は費やす時間に対する効果は大幅に逓減していきます。 |
Author投資プロフェッショナル。著者。投資、MBA、書籍などについて綴ります。 Archive
May 2017
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