「Synchronized global expansion」という言葉が金融メディアを賑わしています。 世界経済の好調さを示すこの表現。経済が好調であれば、消費も拡大し、企業も潤います。実際、米国企業の決算は良好な数字が並んでいます。 その中で例外的に苦戦を強いられているのが、米国で「Brick and Mortar Retail(B&M)」と呼ばれるセクターです。B&Mは、所謂「箱物」の店舗を展開するリテール企業全般を指し、その代表格には JC Penney等の大手デパートが挙げられます。 B&Mの苦戦は今に始まったことではありませんが、今年に入り、金融メディア等で取り上げられる頻度が更に上がったと感じます。例えば、総合誌 The Atlanticの「What in the World Is Causing the Retail Meltdown of 2017?」という記事。市場関係者にも注目された本記事は、B&Mの苦戦の理由について以下の3点を挙げています。 1)消費は店舗からオンラインへ この傾向自体は今に始まったことではありませんが、モバイルのユーザビリティの向上により、そのスピードは加速しています。特にアパレルの伸びが顕著であり、eCommerceにおける最大のカテゴリーへと成長しています。 2)ショッピング・モールの供給過多 他国と比較して、米国はショッピング・モールを、特に地方に作り過ぎたと言われています。また、モールは言わば「バンドル型」の施設です。「アンカーテナント」と呼ばれる大型店舗が好調だった頃は、周りの小規模店舗も「ついでに〇〇店に寄って行く」といった購買行動の恩恵を受けられましたが、デパート等の大型店舗が苦戦する現状では、小規模店舗はその恩恵を受けられず、同様に苦戦を強いられています。 3)「モノ」より「体験」 「消費」というパイの奪い合いでは、「モノ」<「体験」の傾向が顕著となっています。特に若年層では、「Instagramにポストしたい体験」が消費のキーワードになっているとも言われています。 また、上記2)のポイントを深堀し、「地方のショッピング・モールの不動産価格は大幅に下落するのではないか」といった仮説を立て、投資行動に移している著名投資家もいます。具体的には、こういったショッピング・モールの不動産を担保とした証券化商品の指数(CMBX)をショートする取引です。ただ、この投資行動については、a) カタリスト不足、b) ベストな取引手段ではない、といった声も聞かれます(投資アイディアを立案し、効果的な投資行動として具現化するうえでポイントとなる上記 a)、 b) の詳細については、拙著をご参照ください)。 このようにB&Mが苦戦する中で、出店攻勢をかけている企業があります。 その企業とは、Amazonです。「Amazonが出店」というと一見矛盾しているようにも聞こえますが、同社はお膝元のシアトルを皮切りに、米国中に「Amazon Books」の出店を計画しています。 その「Amazon Books」のニューヨーク・第一号店が週末にオープンしましたので、早速行ってきました。 場所は、ミッドタウンの一等地であるコロンバス・サークルのショッピング・センター内。あくまでもショッピング・センター内の一店舗であるため、そこまで広くはありません。 店内は、アマゾン・ユーザーにとって直観的なレイアウトになっており、まさに「オンラインとオフラインのユーザー・エクスペリエンス(UX)を融合した」構成となっています。例えば:
ニューヨークでは Warby Parker を初め、既に複数のオンライン・ブランドが直営店を出店していますが、eCommerceの象徴的な存在とも言えるAmazonの出店には、同社による「オンラインのUXだけでなく、オフラインのUXの創造、そして融合」への挑戦という側面も垣間見えます。Amazonについては、既にHBSでも複数のケース・スタディが執筆されていますが、今回の出店攻勢に関する戦略的意義についても、近い将来にケースが執筆され、クラスで議論されることでしょう。 なお、当日は我が家も購買意欲を駆られ、書籍を買いました。買ったのは、1歳半の息子の絵本。息子は表紙を気に入ったのか、手にとって離さず、父が棚に返そうとすると号泣。「そこまで気に入ったのであれば」ということで、スマホでアプリを立ち上げ、「お買い上げ」となりました。帰り道、満足気な息子をベビーカーで押しながら、「確かに、これまで絵本やおもちゃはほぼ全て私たち親がオンラインで買ってきたため、息子自身が何かを手に取って選んで買うことはあまりなかったかもしれない。こういったところに、オンラインではなくオフラインでショッピングする楽しみがあるのでは」と妙に納得してしまいました。 新しくオープンしたAmazon Books。オフラインの楽しみを覚え始めた息子と、その楽しみを思い出した父とで、今後も通いそうです。 拙著でも紹介しているハーバード大学基金の投資戦略。そのハーバード大学基金が、投資業界を賑わしています。今回はそのことについて少し。 まずはファクツから。 発端は、運用成績に関する報告書でした。同基金の年度末は6月末のため、毎年この時期に過去1年間の運用成績を公開しています。結果は▲2%の損失。マイナス・リターンというだけでなく、ライバルのイェール大学基金の+3%を下回ったという比較性も話題になりました。 報告居の中身を読むと、その主因が、1)株式運用の不振、2)森林投資の不振、の二点であることがわかります。拙著でも触れていますが、この二つは本来であれば相関が弱いのですが(*)、前年度は不幸にも個別事象が重なりどちらも不振となりました。 (*)株価指数と森林投資はそれぞれ異なる要因によって資産価値が動きます。詳細は拙著で詳しく紹介しています。 そして、この報告の数日後、同基金は新最高投資責任者として、コロンビア大学基金の最高投資責任者を務めていたN.P. Narvekar氏を採用したと発表しました。なお、前任のStephen Blyth氏は7月末に辞任を表明していました。参考までに、私が在学していた3年前の最高投資責任者はJane Mendillo氏。その後、Stephen Blyth氏、そして今回のNarvekar氏と、短期間で次々と入れ替わっています。Narvekar氏は、ハーバード大学基金の運用スタイルの特徴とも言える「ハイブリッド・モデル」(*)について、より外部委託での運用を増やす方向で軌道修正するとしています。 (*)内部運用と外部委託を使い分ける運用スタイル、詳細は拙著で詳しく紹介しています 。 以上がファクツですが、ここからは感想を少し。 今回の運用のマイナスは、本来は相関が弱いもの同士が、個別の事象で同時に不振に陥ったということで、ある程度「不運」だったと言えるかと思います。もちろん、その個別要因を排除できなかったという意味での「目利き力」については問われる必要がありますが、大枠の投資方針が間違っていたとまで言えるかはわかりません。そもそも、同基金のような長期運用主体による1年間の運用成績が果たしてどの程度意味を持つのか、といった本質論もあります。 また、同基金の特徴であるハイブリッド・モデルに関する修正論の背景には、ライバルのイェール大学基金がほぼ外部委託のみの運用スタイルで成功しているというポイントがあります。 ただ、イェール大学との違いはそれだけではありません。もう一つの大きな違いは、リーダーシップの継続性(Continuity)です。同基金を率いるDavid Swensen氏(*)は、これまで30年間一貫して同基金の最高投資責任者を務めています。 (*)こちらで紹介している名著の著者でもあります。 長期投資が可能な特殊な資金(*)を運用するうえで、リーダーシップの継続性が重要なのは明白。30年間務める必要はないかもしれませんが、短期間に何度もリーダー(そして運用方針)が変わるのは、最適とは言えないでしょう。 (*)拙著では「投資業界の聖杯」と呼んでいます。 さて、リーダーが変わったハーバード大学基金はどう出るのか。引き続き注目していきたいと思います。 今回ご紹介するのは、Jeffery Gundlach氏の直近のビューです。 Sohn Conferenceの記事でもご紹介した同氏。メディアでは「新債券王」とも称されるスター投資家です。「債券王」と言えばPIMCOのBill Gross氏が有名でしたが、その称号は今では同氏に継承されているようです。 Gundlach氏はプレゼンが面白いことでも知られ、個人投資家の人気も集めています。同氏が創業し、CEO兼CIO(最高投資責任者)を務めるDoubleLine社は数々の人気投信を運用しています。 同氏は、定期的にウェブキャストを開催し自身のビューを披露しています。下記は直近の要旨です。
このビューはマーケットで瞬く間に広まり、米国中長期金利は上昇しました。スター投資家の言動が市場を動かす典型例とも言えるでしょう。 なお、同氏の過去のウェブキャストはこちらのサイトで公開されています(名前、メールアドレス等を入力する必要あり)。スター投資家としてのビューもそうですが、他の投資家を惹き付けるプレゼン術も勉強になります(こちらで紹介している「Content x Delivery」の実践事例としても有益だと思います)。 拙著でも紹介している通り、ニューヨークという場所は、「目利き力のある投資家」のハブとして、資本、人材、情報が集積しています。そのため、「目利き力のある投資家」たちが一堂に会するイベントも多く、その度に、国内外の投資家たちの注目を集めています。
中でも、業界で最も注目されるイベントと言えば、Sohn Conferenceです。 私も参加してきましたので、今回は、その内容について少し紹介します。 イベントの公式ウェブサイトは以下の通りです。 http://www.sohnconference.org/new-york/ Sohn Conferenceとは、一年に一回、多くのスター投資家たちが一堂に会し、自身のベスト・アイディアを聴衆の前で披露する場です。拙著で紹介している、いわゆる「ストック・ピッチ」です。 イベント名の由来は、ウォール街のプロフェッショナルとして将来を嘱望されながら、若年性がんで命を落としたIra Sohnから来ています。同氏の友人等が若年性がんの研究のために基金を設立し、寄付を募るためのチャリティーイベントとして発足したのがSohn Conferenceです。したがって、このイベントの入場料等の収入は、全て同基金に寄付されます。Conferenceにてストックピッチを披露するスター投資家たちも、同基金のミッションに賛同し、チャリティーとしてこのイベントに参加しています。 Sohn Conferenceが一躍注目されるきっかけとなったのは2008年。スター投資家であるDavid Einhornが、この場で大々的にリーマン・ブラザーズ社のショート・アイディアを披露。その後、Einhornの投資ストーリーが見事に具現化し、同氏、そして、このイベントが世界的に注目されるようになりました。以降、毎年数多くの投資家やファイナンス関係者が聴衆として参加し、Conference自体も、ニューヨークだけでなく、ロンドン、香港などを含む、世界各国で行われるようになりました。 Conferenceの舞台はリンカーン・センター。世界有数のオーケストラであるニューヨーク・フィルハーモニックが演奏するコンサートホールとしても有名です。当日は、スーツ姿の参加者で満員。金融メディアも臨時スタジオをセットしていて、スター投資家が「ストックピッチ」で披露した内容を、瞬時に市場に伝えます。「ストックピッチ」後のスター投資家のライブインタビューも中継されます。もちろん、話題に挙がった企業の株価は即座に反応します。 スター投資家のインタビューなどは、下記のCNBCのサイトでまとめて見ることができます。 http://www.cnbc.com/sohn/ 進行は、基本的にスター投資家たちのストックピッチが一日中続くのですが、途中でMBAの学生が一人出てきます。スター投資家たちが審査員を務めるストックピッチ大会で優勝した、コロンビア大MBAの学生です。彼の投資アイディアはDexcomという糖尿病の医療機器メーカーのショート戦略。スター投資家たちが認めただけあって、内容はしっかりしていて、市場もこのピッチ後に動きました。投資アイディアは、「誰が」ピッチするのか、というのも確かに重要ですが、やはり最終的にはアイディアの「質」が勝負を決める、ということがわかります。 なお、他に興味深かった投資アイディアの一部につき、簡単にご紹介します。 Jeffrey Gundlach (DoubleLine) 新債券王と呼ばれる、スター投資家です。株ではなく債券の投資で有名ですが、幅広い投資戦略についてコメントすることで知られています。今回のアイディアはETFのロングとショートの組み合わせでした。 投資アイディア:モーゲージREIT(不動産を担保としたローンや証券への投資をする専門会社)のETF(銘柄名:REM)のロングと、インフラ関連のETF(銘柄名:XLU)のショート。 理由:どちらも配当利回り重視の投資家に好まれており、パフォーマンスの相関が強い。ただ、現状はREMの方がかなり割安、XLUがかなり割高となっているため、この差がいずれ縮むことによって利益が得られる。 なお、同氏はプレゼンが上手いことで知られ、今回も大統領候補のドナルド・トランプをネタにかなりの笑いを取っていました(余談ですが、現在の米国では、トランプの話題でスマートに笑いを取ることが一種の流行となっています)。 Chamath Palihapitilya (Social Capital) 著名ベンチャー・キャピタリストとして知られる同氏ですが、今回は上場株のアイディアを披露しています。 投資アイディア:アマゾンのロング。 理由:特にクラウドビジネスが成長を牽引する。クラウド事業を展開する他社はアマゾンのように設備投資ができないので、いずれアマゾンの独占事業となり、ユーザーにとっては、一種の「インターネットの税金」のようになる。株価は10年で10倍になると予想。 David Einhorn (Greenlight) 当日のトリは、やはりこの人でした。 投資アイディア:Caterpillar社(建設機器)のショート。 理由:鉱業セクターのスーパーサイクルはまだボトムをヒットしておらず、今後も更に厳しくなることが予想され、同社製品の需要は引き続き停滞するため。 ちなみに、登壇してすぐ、同氏はPalihapitilyaのアマゾンのアイディアについて、「(彼は)税金というものの本質がわかってない」と冗談交じりに言って、反論していました。Einhornはアマゾンをショートしていることで知られています。拙著でもご紹介したとおり、こういった公開の場でスター投資家同士でバトルが繰り広げられることもしばしばあります。見ている方は面白いのですが・・・ ちなみに、本イベントはチャリティーイベントですので、ストックピッチの合間に寄付金を促すビデオが流れます。近年、特に同基金が力を入れているのが小児がんのリサーチへの寄付です。こう言っては何ですが、昨年参加したときは「よくある話」と、正直そこまで関心がなかったのですが、子供が生まれ、父として参加した今年は、とても他人事とは思えず、心を動かされました。 投資アイディア一つで、ここまで世間の関心と寄付金を集め、こういった小さな命の救命のためにインパクトを与えることができる。改めてスター投資家の影響の大きさを感じた一日でした。 |
Author投資プロフェッショナル。著者。投資、MBA、書籍などについて綴ります。 Archive
May 2017
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